講座関連メニュー

更新履歴

このホームページについて

300年以上の歴史を持つ「四日市祭」について学ぶことで、四日市の文化について考えるきっかけにしようという主旨のもと年十二回の講座を開催する運びとなりました。それに伴い、こちらのホームページから、その講座の日程・会場をお知らせするとともに、四日市の祭りに関する貴重な情報も併せて紹介したいと思います。

舞獅子 (大山車)

Home » 舞獅子 (大山車)

大山車は4層構造の巨大な山車で、4層目には御輿が乗り、2層目の前に突き出した部分で獅子が舞われた。西町・北町・濱田・新田町の4輌あった。

祭礼最終日の27日の本楽では、まず始めに各大山車が諏訪明神の神前に桜の造花を捧げ、お祓いを受ける。これを「花納め」と呼んだ。花納めが終わると、社前で神徳に感謝する舞獅子が奉納され、その後、各町内の「黎物」が濱田村・四日市の順に奉納され、神前への「練り込み」が終わった後は、東海道を南濱田まで練ったという。

四日市祭・浜田・舞獅子大山車は四日市祭において、最も重要な役割を果たすものであり、その創始は詳らかではないが、北町大山車の装飾品の中に「延宝7年(1679)」と記されていたといわれ、「享保9年(1724)」に諏訪神社から郡山役所へ提出された明細帳に「濱田より大山車二輌、四日市より二輌、他に練物少々御座候」とあることから、この時代から盛大な四日市祭が執り行われていたと推測される。

四日市祭・南浜田・舞獅子4輌あった大山車のうちのひとつである浜田の大山車は、東海道筋の北濱田(現在の浜田町の一部)と南濱田(現在の浜田町の一部・中浜田町・十七軒町の一部・南浜田町)の共同所有であり、北濱田と南濱田が交互隔年当番で祭りに引き出していた。その上で舞われていた舞獅子(旧南濱田。現在の中浜田町と南浜田町)が現存する。

獅子舞の流派は箕田流で、だんち・起こしの舞・扇の舞・末の舞・花の舞などがある。また、大山車曳行時に奏でるお囃子も継承されている。

浜田大山車の舞獅子保存連合会・公式ホームページ